見て、この光の放射✨
1月4日に初詣で行った熱田神宮でものすごいパワーチャージ。
熱田神宮の境内で
大楠(おおくす)の木に出会いました。
楠の木。
太く大きく立派な木で
精霊の存在を感じました。
木の柵の前に設置されていたお賽銭箱に
お賽銭を入れて
夫と娘と、そして私という木も
これからもどんどん太く大きく成長しますようにと手を合わせました。
ちょうどセラピストmaaiちゃんと
2月2日に "Identity Treeワークショップ"を開催する準備をしていたので
その成功もお願いいたしました。
maaiちゃんにもこの木の存在をお伝えしたところ
すぐに参拝しに行ってくれました♡
(ワークショップは残席1名です。詳細はこちら)
☆☆☆
楠の木といえば
木へんに南。
南といえば私にとっては
ニュージーランド。
南といえば
亡くなった恋人と決めていた女の子の名前。
南といえば
亡くなった恋人の
戒名の一文字目に付けられた漢字。
偶然とは思えない巡り合わせ
恋人が亡くなった2000年11月末。
大学葬が営まれました。
大学で初めてダンス部を結成した彼の功績をたたえるように、いつも練習していたレクリエーションセンターの前にオーク(樫の木)の苗木を2本植樹したのです。
センターの入口の向かって左側に
彼のご両親とお兄さんと私が植樹。
向かって右側には
ダンス部のメンバーと同級生が。
私はその木を見るのがずっとつらかったのです。
同級生はいつも
あの木がどれだけ大きくなっているか
楽しみにしていて
社会人になってからも状況を報告するために
木を訪れていました。
そこにまるで彼がいるかのように
煙草をふかしたり、話しかけに行っていました。
でも私の中では
いつまでたっても
彼は成仏なんてしていないし
あの木の所にはいないし
私のそばで一緒に悲しんでると思っていて
どうしてもその木の存在を受け入れられませんでした。
友だちが撮影して送ってくれる写真には
社会人となって成長していく彼らのように
ぐんぐん大きく成長していく右側の木に対して
左側の私たちが植えた木は
いつまでたっても成長に乏しく弱々しく悲しげ。
その差はいつ見ても変わらなくて
心の傷が癒えることなかった私には
その木の存在すら本当は思い出したくなくて
見て見ぬふりしてきた長い年月。
そしてなんと、、、
植樹から18年。
最後にいつ見たのか記憶にないのだけど
最後に見たときには気づかなかった
顕著な違いが!!
11月に私と名古屋で再会した友だちが
ニュージーランドに帰国して大学を訪れて
写真を送ってくれたのです。
その大きさに思わず エー!!! と声が。
見た瞬間、
あ、この木はやっぱり私だったんだ!!!と思ったのです。
その写真がこちら
一昨年夏のプチリストラから生き方・働き方改革を断行して
私が生き残った自分を許し
同級生に声をかけて同窓会を開催し
再び「私」として再誕生したように
あんなに頼りなかった左の木が
右の木よりも
枝葉が大きく横に広がり
背も高くなっていました。
あんなに見るのがつらかったのに
これから先、見に行くのが楽しみになった。
これこそが
私のアイデンティティーツリー。
最初から大きかったわけではない
日本とニュージーランドと離れていても
同じように成長してきた。
これぞ私と彼の軌跡であり、奇跡の木。
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