豪雨の被災地に、必要な支援と物資が届きますように。
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七夕。
時折強い雨が降る中、
婚約者を7年前に亡くしたカメラマンのKAYOさんと、
『七夕~想い人に会う日~ 死別の悲しみをシェアする会』を開催しました。
生きていれば必ず訪れる「死」。
悲しみの度合いこそ人それぞれですが
きっと遅かれ早かれ、誰もが経験する死別の悲しみ。
年齢順ではない、愛する人の「死」は、受け入れがたいものがあります。
思い残したことはないのだろうか。
まだあれもこれもやりたかったはず。
悔しくはないのかな。
二人で夢見た未来は、もういらないのかな?
成仏って何??
もう二度と会えないの??
特に私の恋人の場合は、暴走車に追突されて22歳で命を奪われてしまったので
彼が私の隣で語ってくれた夢や未来への想いが絶たれてしまったことに、
「納得」なんてできる状態ではありませんでした。
そして、恋人が亡くなっても自分はまだ生きていかなければならないことをどうしても認めたくない自分がいました。
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今回、ご縁をいただいて、魂の舞を踊ってくださった真理子さん。
真理子さんの舞を見ていたら、
ずっとしまいこんでいた気持ちに気が付きました。
『会いたい』。
この気持ちは、私が夫との一人目の子どもを流産したときからずっと自分の心の奥にしまいこんでいたものです。
涙がとめどなくあふれてきて、
うまく息をすることができませんでした。
今日か明日かと彼のお迎えを待っていた歳月。
亡くなった人の声を届けてくれるNaomiさんが、
恋人は、私のことを『最初から迎えになんか行かない』と言っていると言われました。
もっと前にそれがわかっていたら、
こんなに苦しまなくてよかったのに、とまた涙が出てきました。
『また必ず会える日がくるから』と言っていると伝えてもらって、涙腺が崩壊しました。
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22歳で死別して、私の修行の人生が始まって、今年で18年。
私は、この18年という時を経てようやく自分の経験を昇華させ、
同じ気持ちでいる人の心に寄り添うことができたらと発信できるようになりました。
来月で私は40歳になります。
39歳になったとき、
私は、『39歳はサンキューの年にする』と宣言していました。
そして、
今回、開催場所を提供してくれたKanaちゃんも、私と同い歳でサンキューの年。
KAYOさんが婚約者を亡くしたのも、39歳の時。
亡くなる前の集中治療室でKAYOさんとKanaちゃんは出会いました。
今は亡きKAYOさんの婚約者が結んだご縁でした。
39歳の、私~Kanaちゃん~KAYOさん。
39で結ばれたご縁は、まるで、ずっと前から決められていたことのように感じています。
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シェア会の後、夜に行われたフラリエでのバーベキューを終えて
急いで娘と夫が待つ家に帰る途中、
乗り換えをした駅で朝食用のパンを買いました。
急いでいたので最初は気がつかなかったのですが
会計でお金を渡した時にレジの画面に目が釘付けになりました。
1125円。
11月25日。
恋人の誕生日、命日。
付き合った記念日、生死を分けた記念日、二人に永遠に刻まれた記念日。
お釣りが25円というのも、私を笑顔にしてくれました。
25日はいつも二人の記念日だったから。
ふとした時に『いつも見てるでー』ってサイン(合図=愛図)をくれる彼。
ありがとう、の気持ちでいっぱいです。
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最後に・・・
シェア会で用意した菓匠 花桔梗の七夕の水菓子と
Kanaちゃんが真理子さんの魂の舞のために作った蓮ワークの色を見ていたら
この曲が浮かんできました。
バーベキュー会場で知ったのですが、
シェア会に参加してくださったNaomiさんは松田聖子さんのファンだそうです♡。
それに、
先ほどのパン屋の袋の色といい、「燈台」のイラスト…。
そして、パン屋の名前 "VIE DE FRANCE" 。
私とKanaちゃんを結びつけてくれた藤城茉莉花ちゃんとの "Bloom会" で目指す先が
まさに、”フランス♬”。
すべてがシンクロ。
つまり、運命。
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七夕は雨だったけど、
皆さんのおかげさまで
私たちは想い人に逢い、想い人の想いに触れることができました。
シェア会と時を同じくして豪雨災害で命を落とされた方、そのご家族、
救助を待ち、避難を余儀なくされている方々へ想いを馳せていました。
悲しみを生みだすのが地球なら
喜びを生みだすのも地球。
私たちの命や地球の育み方次第で、
悲しみの数は減るのではないかと思っています。
私はそういう活動をしていきたい。
本日も最後まで長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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